お高いミルフィーユ --------------------- ■客(♂) ■店主(♀) --------------------- SE:ドアの音 店主:……いらっしゃいませ。    何の御用でしょう?     客:え? 何の御用って……ここって喫茶店じゃないの? 店主:喫茶店ですよ。 客:じゃあ……俺は客として来たんだけど。 店主:男性お一人で? 客:……なんだよ、悪いのかよ。(ばつが悪そうに) 店主:こんなオシャレな喫茶店に男性一人で入るなんて恥ずかしくありませんか? 客:自分の店を自分でオシャレって……。 店主:普通、こういったお店は女性と一緒に来るものですよ。 客:い、いいじゃねーかよ。   俺は甘いものが好きなんだよ。    店主:それに、こんな昼間から私服で喫茶店に来るなんて。    ニート乙です。 客:うるせぇよ!    店主:せめて彼女でも連れてきていたら格好もつくんですけどね。 客:言いたい放題いいやがって……! 店主:……それで、どうされますか?(溜息混じりに) 客:えっ? 店主:甘いものが好きとおっしゃってましたし、スイーツを食べに来たんでしょう? 客:え? あ、ああ……。   注文していいのか?    店主:構いませんよ。 客:それじゃあ、本日おすすめのミルフィールを一つ。   店の前の看板で気になってたんだ。 店主:はい、少々お待ちください。 SE:冷蔵庫の音 客:はぁ……。   それにしても……。 SE:レンジ 店主:はい、お待たせしました。 客:……は? 店主:ミルフィーユです。 客:いやいやいや……レンジでチンって、どこぞのファミレスじゃねぇんだから……。 店主:意外とおいしいですよ。 客:意外とっていう問題じゃねぇだろ。 店主:いりませんか? 下げますよ? これも料金に含まれますよ? 客:あああ、分かった分かった、食うよ。(焦って) 店主:はい、どうぞ。 SE:食器 客:……ん……これは……。(食べながら) 店主:いかがですか? 客:冷凍とはいえ、あんたが作ったのか? 店主:いえ、ジャスコの特売で買いました。 客:既製品かよ!   しかも、解凍しきれてなくてシャキシャキしてるしっ!    店主:歯ごたえがあっていいですよね。 客:確信犯かよ!   そんなにうまくもねぇし! 店主:私のおやつ用です。 客:こ、こいつ……!(怒りを抑えて)   はぁ……こんな店初めてだよ……。(あきれ返って) 店主:お気に召されました? 客:おかげさまで……。(疲れたように) 店主:普通はもう帰られる方が多いんですけどね。 客:そりゃそうだろうよ。   あんた、いっつもこんな接客しているのか?    店主:そんなわけないじゃないですか。    今日は特別ですよ。     客:特別……? 店主:今日はお店はお休みなんです。 客:……は? 店主:見ませんでしたか? お店に店休日(てんきゅうび)の看板があるの。 客:あー……見てなかった……。   けど、それだったら普通、鍵をかけるとか、最初に言ってくれたりすればいいのに。    店主:私の接客で気付きませんでしたか? 客:まあ……あれは無いとは思ったけど……。 店主:それで……どうされたんですか?(間をおいて) 客:え? 店主:お休みのお店に来てふてぶてしく居座って。 客:あー……そうか、それなら帰るわ。 店主:構いませんよ。    お話、したかったんじゃないですか?     客:……えっ? 店主:顔に書いてありますよ。 客:……お見通しか……。 店主:伊達に喫茶店を経営はしていませんよ。    お話をすることを目的で来られるお客さんも多いですから。     客:そうだよな……まあ、俺もそのクチでこの店に入ったんだしな。(ばつの悪そうに) 店主:男性お一人の食事なら、普通は牛丼屋さんかラーメン屋さんですしね。 客:……あんたは一言多いんだよ……。 店主:間違ったことは言っていないと思いますが? 客:……はあ……まあ、いいか……。   さっき、あんたた言った通り、俺、今ニートなんだよ。   職が見つからなくてね。    店主:不況ですからね。 客:不況もそうなんだけど、大手企業は軒並み競争率高くってさ、不採用の嵐だよ。   はあ……高望みしすぎなのかなあ……。   中小企業や派遣なんかで職種を選ばなければ、仕事はあるんだけどな。    店主:そうですね、最近は大手志向の方が多いらしいですからね。    でも、私は中小企業でも働ければいいと思いますが。 客:でもなあ……やっぱり、自分のやりたい仕事をやりたいんだよ。   できれば……大手企業で。    店主:大手企業でないと、自分のやりたい仕事はできないんですか? 客:いや、そうでもないけど……。   やっぱり、将来安泰というか、大手企業で働いてる、っていう誇りというか……。    店主:大手企業で働きたいんですか? 自分のやりたい仕事をやりたいんですか? 客:んー……両方かな。 店主:どちらかを選べと言われたら? 客:選べ、って言われても、専門学校出てるから、大手企業でも専門外の仕事はできないよ。   ……そう言われると……自分のやりたい仕事をやりたいのかな。 店主:それで未だに職に就けていないあなたが居る、と。 客:……。 SE:食器の音 店主:はい、どうぞ。 客:……ん? これは? 店主:ミルフィーユ、頼んだんじゃないですか? 客:え? さっきのは? 店主:前菜です。 客:デザートにデザートの前菜って……。 店主:下げますよ? 客:あああ、食べるよ!   ……って、これ、ミルフィーユだよな?    店主:そうですよ。 客:スプーンしか無いんだけど……。   普通、ミルフィーユだったら、ナイフとフォークじゃないか?    店主:下げますよ? 客:ああもう、食うよ! SE:食器の音 客:ミルフィールをスプーンで食うもんじゃないな……。   パイ生地が切れなくて中身がはみだしちまうよ。    店主:でも、食べれないことはないですよね? 客:……まあな……。 SE:食器の音 店主:それでいいんですよ。 客:ん? 店主:ミルフィーユもスプーンで食べれないことはありません。    いくら中身がはみでてお皿が汚れてしまっても、ミルフィーユはミルフィーユですよね?     客:まあ……そうだけど。 店主:ミルフィーユを美味しく頂ければ、それでいいんです。    見た目や作法にこだわる必要はないんです。    おいしいと感じれば、それでいいんです。     客:……おいしいと感じればそれでいい……見た目や作法にこだわる必要はない……か。   ……そっか……。    店主:ご理解いただけました? 客:肩書きや世間体にこだわらなくても、自分が満足できればいいんだよな。   このミルフィーユをスプーンで形を崩しながら食べても、純粋にうまいと感じるように。   俺は今まで、ミルフィーユを注文したのに、必死になってフォークとナイフを探してたんだな。    店主:中には、肩書きや世間体を生きがいにしている人もいますけどね。    あなたはどうですか?     客:そうだな……今分かったよ。   俺は肩書きや世間体が欲しくて仕事を探しているんじゃないんだ。   俺の最終目標はそこじゃない。   見た目や作法にこだわるよりも、うまいミルフィーユを食った方が俺は幸せだ。    店主:お気に召されましたか? 客:ああ、ありがとう、うまかったよ。   悪いな、皿をこんなに汚しちまって。    店主:きれいに食べて頂くよりも、おいしく食べて頂いた方が出した方も嬉しいものです。 客:ははっ、そっか、そうだよな。 店主:それでは、お会計、7兆億円です。 客:は? 店主:ローンでも構いませんよ。 客:いやいやいや、何言ってんの?    子供じゃあるまいし……。    店主:仕方ないですね、請求書を用意しますね。 客:いやだから、いくらだよ。 店主:7兆億円です。 客:そうじゃなくって……。 店主:はい、これが請求書になります。    ちゃんと支払ってくださいね。    それではお店を閉めますよ。     客:あっ、おいおいおい……。 店主:またのご来店をお待ちしています。 SE:ドア 客:追い出されちまったよ……。   ったく、変な喫茶店だったな……。   結局いくらなんだよ。    請求書「本日のミルフィーユ 出世払いで結構です」 客:……。 請求書「必ず払ってくださいね」 客:こりゃあ、手に職つけて、ちゃんと稼いでからまた来ないとな。   ……しっかし……。    請求書「冷凍ミルフィーユ 298円」 客:……ちゃっかりしてやがんな……。 END