OLGL ■ 父親(♂)62歳 盲目のオルゴール職人。 ■ 子(♂)14歳 父親に育てられた子。     店のドアが開く音、ベル 子「おや、来客とは珍しい。お父さん、お客さんですよ」 父親「客?客だと?そんなものがどこにおる」 子「何を言っているんですか。こちらにいらっしゃいますよ」 父親「お前、父より先にもうろくしてしまったのか。父さんは悲しいぞ」 子「ほらお父さん、ふざけていないで始めてくださいよ。   このままだとお客さんが呆れて帰ってしまいます」 父親「全く、久しぶりにワシの腕を見たかったのならそう言いなさい。    訳の分からん知恵を働かせおって……。どっこらしょっと」 子「お客さんすみませんね。ウチの店主、最近いつもこうなんです。   でも腕は確かなので、どうか許してやってくださいね」 父親「その遊びは楽しいのか?どれ、ワシも乗ってやろう。    おお、これは可愛らしいお嬢さん方、ようこそおいでくださいました」 子「お父さん。ご婦人ではありませんよ。   男性おひとりです」 父親「なに、そんな細かい設定まであるのか。お前も凝り性だな」 子「あ……お客さん……あなたは……」 父親「どうかしたか、他に設定でもあるのか?」 子「いえ……何でもありません。   さあ、お父さん、始めましょう」 父親「こんな小さな音しか出せない小さなオルゴールでも、    あることをすれば心にも体にも響くような大きな音を出せるようになる」 子「側面が一面だけない木の箱ですが、この側面がないほうをあなたへ向けましょう。   中は空洞です。   よくここから手品でも始まるのかと勘違いされる方がいらっしゃいますが、残念至極。   ここからはあなたの心と体を響かせる音色しか出てきません」     空洞をに向けたままの形でぜんまいが巻かれた小さなオルゴールを木の箱の上に置くと、音が大きくなる 子「大切なのはこの木の箱の空洞。   これによって小さなオルゴールは立派な音を出せるオルゴールになります」 父親「大切なのはカラッポ。人間も同じ。    生まれたときからあるカラッポを他人が埋めてくれることで、立派なヒトへとなってゆく」 父親「……どうした?まだ後半が残ってるぞ。お客に失礼だろう」 子「……客などおりません」 父親「なんだ、ここで終わりか。ずいぶん中途半端だな。    久しぶりがてら最後までやらんか?」 子「私のカラッポを埋めてくれたのは貴方です」 父親「……お前は立派に育ってくれているぞ」 子「それが本当なら、それは貴方のお陰です。カラッポが埋まったのは、貴方が育ててくれたから」 父親「貴方という呼び方を注意するのはもう飽きたぞ。そう何回も言わさんでくれ」 子「お父さんの子供は私ひとりです!」 父親「一体どうした、いきなり怒鳴るなどお前らしくもない。何に怒っているんだ」 子「怒ってなんかいません」 父親「そうか。どれ、少し落ち着こうか。久しぶりのことでお前も疲れただろうに。    さあ奥へ行こう。今日はワシが昼飯でも作ろうか」 子「無理ですよ」 父親「お前はいつもそれだな。ワシも老いぼれ扱いされたものだ」 子「いいですから、先に奥へ行っていてください。   杖はお父さんの右足元に落ちてますから」 父親「ひとりになりたい年頃か。なるほど、父さんは理解したぞ」 子「いいですか、転ばないようにゆっくりと歩くんですよ。   杖に何かあたったらそこに物がありますから、必ず注意しながらゆっくり歩いてくださいね」 父親「父親想いならいつものように前を歩いてくれ。    この店もずいぶん暗くなったのをお前も知っているだろう」 子「私はこれを片付けてから行きます」 子「怒っていますよ。   私はここでずっと暮らしてきました。   私はお父さんの子供です。   顔ばかり似ている貴方よりもずっと。   カラッポだった貴方は、少しでも父親の音で埋まっていますか?   このオルゴールでは、貴方の心と体を埋めることはできません。   お帰りください」